院長プロフィール

2021年5月 横浜海の公園にて全日本ライフセービングJ/JY/Y/M大会にて

プロフィール

名前:矢上真吾(やがみしんご)

生年月日:1981年6月13日生まれ

出身:埼玉県出身ですが両親が鹿児島の離島出身なために薄い九州顔です

家族:妻、女の子2人、男の子1人の父親です

資格:はり師

   きゅう師

   あん摩マッサージ指圧師 (以上国家資格)

   ベーシックライフセーバー(日本ライフセービング協会認定)

経歴

野球と空手とサッカーと

野球の仲間と

小学校時代は野球と空手に明け暮れました。

野球では6年生の時にキャプテンを務めるほど一生懸命に取り組んでいました。(キャプテンになった理由は、チームの中で誰よりも声が大きくて元気だったからだそうです笑)

3年生から始めた空手

野球も空手も大好きでしたが、高学年になる頃から周囲との身長差(体格差)に悩まされ、このまま続けていても伸びしろが少ないな~と中学生になったら他のスポーツを試してみようかなとあれこれ探し、ちょうどJリーグブームもあり、友達も沢山できそうで、身長のハンデが少なそうなサッカー部へ入部しました。

左サイドバックでプレー

最初は補欠でしたが持ち前の明るさとガッツと運の良さ(たまたま自分のポジションのレギュラーだった子がポジションチェンジをし、空いた所に私が入り、そのままチームが勝ち続けたため)、

2年生の途中からレギュラーを獲得し、3年生時には県大会ベスト8進出、関東大会予選準優勝、全日本Jrユース選手権予選出場を果たし、厳しくも刺激があり密度の濃い素敵な時間を過ごしました(浦和レッズJrユースに敗戦して引退)

中学3年生で県大会出場(ベスト8)

高校の3年間はサッカー部と勉学に励みました。

この頃からはサッカーサッカーというよりもこの先の人生、進路についてよく考えるようになりました。

父親の影響で治療家の道へ

姉の七五三お祝い

治療家を目指したきっかけは、父親の影響になります。父はもともと腰が悪く、私が小学生の時には腰痛の影響で仕事を休んで家で寝込むこともしばしば。

子ども心に「我が家の将来は大丈夫なのか?」と心配になりました。矢上家の上には薄暗い雲がかかっているように感じました。

ところがある日、薄暗かった雲が嘘のように晴れやかに、明るくなる出来事が起きました。

母が見つけてきた整体法(五味式骨盤調整法)が父の腰痛を治したのです。この出来事に両親は感激し、今度は自分たちがこの技術を身に付けて地域の方々へ還元しようと思い立ち、整体学校へ通い始め、その数か月後には自宅で整体院を開業しました。

時代が良かったのか開業当初から治療院は繁盛しました。最初は兼業で始めた父でしたが、すぐに会社を辞めて専業で行いました。

翌年には「もっと知識を深めて地域に貢献したい」という思いから鍼灸学校へ入学し3年後に国家資格を取得。鍼灸整体院に変わりました。

両親が生き生きと働いている姿に影響を受けたのか、姉も兄も続いて鍼灸学校へ進み治療家の道へ。私も意識はしていましたが、幼少期より教員になりたい夢があったために当初は大学を目指していましたが、18歳の誕生日に父と話す機会があり、その時に父から鍼灸、治療にかける想いや熱意を聞かされて私も家族と同じ道に進むことを決意しました。

(現在は両親は引退し、姉は埼玉で鍼灸院を開き、兄は横浜で治療院を2院(兄の奥様も鍼灸師で治療院を手伝っています)と、姉弟皆が両親の意志を引き継いで治療院を経営しています。今も年末年始は家族で集まり、かなりディープな治療談議で盛り上がっております。笑)

2020年1月1日家族全員で

先輩トレーナーに憧れて

東京医療専門学校へ入学後はアルバイト生活。

アルバイトと言っても職業学校なので仕事にかかわるジャンルで行いました。

1年次は整形外科へ、2年次はマッサージ院、そして3年次は鍼灸整骨院でアルバイトを行い専門学校卒業後はそのまま千葉県市川市の鍼灸整骨院へ就職しました。

ところが、就職後1年も経たぬうちにマッサージ院でお世話になった先輩が独立してスポーツトレーナーとして活躍されていたのを見て憧れを抱くようになり、スポーツトレーナーを勝手に目指し、働いていた鍼灸整骨院に辞表を提出。

実はこの時はまだ、その後の進路は決まっていない状態でしたが、

辞表提出3日後に専門学校の恩師から呼び出されヴァンフォーレ甲府のトレーナーの話を頂くという奇跡が起きます。

そして翌年の2004年2月から正式にヴァンフォーレ甲府トップチームトレーナーとなりました。

2年目にはJ1J2入替戦に進出し柏レイソルを破り初のJ1昇格を決めます。

(当時の記事がありましたのでご覧ください)

入替戦の翌日にはテレビで見たような人生初の昇格パレードを行いました。

2013年に退団するまでJ1昇格3回、J2降格2回、J2優勝1回と、ジェットコースターのようにスリリングな濃度の濃い10年間を過ごさせて頂きました。

2013年 J2優勝決定時
2013年 ホーム最終戦

妻の地元で開業

そして2014年2月14日、バレンタインデーに妻の地元である千葉県館山市ではりきゅう整体院 和からだみなおし処 を開業しました。

開業当初は地域外でトレーナー活動も行いました。

2014年、15年はテニス日本リーグにて東京海上日動テニス部のトレーナーに。

2015年、タッチラグビーW杯オーストラリア大会の日本代表チームのトレーナーを務めました。

2015年タッチラグビーワールドカップオーストラリア大会終了後

地域貢献へ

2016年からは地域外貢献から地域内貢献へとシフトチェンジをしました。

治療院の原理原則を学ぶ1年間のセミナーに参加し、根本治療を幹とした院へ方針転換を図りました。

痛みが取れただけでは治ったとして十分ではなく、姿勢を改善し、カラダの機能を改善することで痛みの起きずらいカラダを作る。治療院としての在るべき姿を改めて学び、実践するようになりました。

2017年から患者さま、地域への健康増進事業の一つとして健康教室を開催しました。(姿勢改善セミナー、スロージョギングセミナー、体幹セミナー)

2021年現在も形を変えて継続しております。(YouTubeLIVEを使用してオンライン開催として週2回セルフケアセミナーを開催しております。詳しくはこちらへ)

YouTube LIVEの様子

師匠 鴨頭嘉人さんとの出会い

健康教室開催をきっかけに自身のコミュニケーション能力の低さが露呈し(対1人ではなく対大勢に対し話をすることで伝える力が全くないことに気づきました。)、YouTube講演家である鴨頭嘉人さんが学長を務める話し方の学校へ入学し1年半鴨頭さんの元で学びました。

2018年3月 話し方の学校 卒業スピーチアワード

鴨頭さんの元で学ぶ内に、自分の置かれている環境や今まで培ってきた経験、知識にはものすごい価値があることを実感し、この知識をより多くの人に届ける為に、2018年3月からYouTube発信を始めました。

YouTubeを始めて

8か月目の2018年11月にチャンネル登録100名達成

1年8か月目の2019年11月にチャンネル登録1000名達成

3年4か月目の2021年7月現在はチャンネル登録者8000名となっております。

2019年には地域の方々への学びの場の提供として、やがみしんごの講演会リレーを開催しました。

こちらは院長矢上が話し方の学校を通して知り合ったプロの講演家、セミナー講師を館山にお呼びして1年間で計5回の講演会を実施しました。

この様子はYouTubeでも公開され、5回の講演会で累計1050名もの方が参加していただきました。

9月以降は講演会の合間に起きた台風被害のチャリティーイベントとして開催し、計120万円強を南房総の各自治体(館山市、南房総氏、鴨川市、鋸南町)とボランティア団体TSUNAGARIへ寄付しました。

各種講演会動画はこちら

森田市郎『与えるから始めよう』

平川翔『命の時間』

津田紘彰『魂に火を付ける』

吉井奈々『あなたはあなたのままでいい』

鴨頭嘉人『日本の未来を切り開くのは地方だ!〜安房から日本を元気に〜』

2019.09.24 吉井奈々さん講演会
2019.11.26 鴨頭嘉人さん講演会

2020年からは和からだみなおし処チャンネルも開設しました。

こちらはセルフケア動画や痛みのメカニズムなど痛みを抱えている人の悩みを解決する事に特化したチャンネルとなっております。

メインチャンネルはトレーニング関連、その他にも読書チャンネル日常チャンネルがございます)

なごみのビジョンである『誰一人取り残すことなく健康な社会の実現』のために自分自信を高め続け、打てる手を打ち続けていきたいと思います!

各種経歴

2014年 

館山市サッカー協会理事(幽霊部員となり申し訳ございません!またお役に立てるように頑張ります!)

館山市スポーツ推進委員(お役に立てず申し訳ございませんでした!)

南房総館山コスモTFCスタッフに(幽霊部員となり申し訳ございません!もうすぐ復帰します!)

(一社)館山青年会議所入会(人生を変えてくれた団体です)

館山市倫理法人会(何度か離脱をするも現在も会員として学んでおります)

2019年

館山サーフクラブ入会(ライフセービングのクラブになります)

各種SNS

動画で見る

動画でも自己紹介していますのでお時間ある方はご覧ください(^▽^)/

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